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インタビュー|自由であるための場づくりとして、動きはじめた東京屋久島計画




都市に住みながら屋久島を日常にする「1.5拠点生活」のプロジェクト、「東京屋久島計画」が動き出しました。


プロジェクトは動き出したけれど、まだまだ未知の世界。そして「このプロジェクトにかける想いが、まだよく伝わっていないのでは」と村上は感じています。人と人の想いをつなげて、自然にプロジェクトが動いていくために、いま自分が持っている想いを言語化しはじめました。


村上は大学生がベトナムで起業体験をしながら変容する「海外ビジネス武者修行プログラム」、オレゴン州ポートランドでウェルビーイングとクリエイティビティをテーマに学ぶ「SHIFT in Portland」、カンボジアの遺跡と村の中で、不確実な世界で直感に従って歩むことを学ぶ [ breath ] など、海外での変容のプログラム Transformative Trip® をつくってきました。


その村上が次に手がけているのが、屋久島での1.5拠点生活。


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このノートでは、まんぷく食堂の寺中有希さんに制作いただいた「居ドコロ新聞」と、インタビュー記事として、村上のいまの言葉をお伝えします。(※居ドコロ新聞についてはコチラ



居ドコロ新聞


日本に新しい居場所をつくりに、屋久島へ



ーー なぜ屋久島なのですか?


屋久島に行ったことはなかったけれど、国内でプログラムをつくろうと思ったときに、北海道と屋久島が浮かんだんです。それと同じくして「旅と学びの協議会」という活動の中で、屋久島のNPO法人 HUB&LABO Yakushimaの方と出会い、「これは縁なのかな」と思い、お話をしました。HUB&LABOの方たちと打ち合わせをする中で、「ワーケーション」という形で提供するのがいいのではと仮説を立てて、「まずは自分が屋久島でワーケーションをやってみなきゃね!」という感じで始めました。最初はひとりで行こうと思っていましたが、もったいないので一緒に行きたい人たちを募ったところ、10名くらいで行くことになりました。


プロトタイプをつくったり、リサーチのためにいく旅が一番、面白いとも思っています。何が起きるかわからないし、いろいろな人に話をきくことができたり、つくっていくプロセスって、とっても楽しいです。


何が得られるか不確実性100%のものにかけるのは抵抗もあると思いますが、計画通りよりも、不確実性がある方が僕は面白いと感じます。



ーー では東京屋久島計画も波に乗ってしまうと飽きるかもしれない?


答えの出たこととして同じことをやりつづけると、飽きるかもしれません。でも東京屋久島計画は長くつづくと思います。これは完成のないものをつくっているんです。つくりつづける、育てつづけることが「東京屋久島計画」という感じなのです。


ーー どうしてつくりつづけたいのですか?


ひとつは僕自身が、ずっと「居場所」だと思っていられる場所がほしいと思ったからです。


もともとはベトナムのホイアンが居場所のひとつでした。カンボジアやポートランドもです。が、ホイアンでの「武者修行プログラム」にひと区切りをつけ、関わらなくなったことで行く機会がぐっと減ってしまったり、コロナ禍で他のプログラムもできなくなりました。自分の大事な海外の場所が、遠い場所になっちゃったんですね。そうなったときに、それらの場所に、東京とは別の全く違う環境や、つながりを感じられる人たちがいることが、自分のバランスをとってくれていた、とても大きな存在だったんだなと強く感じました。


いまは海外渡航ができない状況で、日本にも自分の居場所がほしいと思いましたし、そんな場所を持つことをみんなにも提案したいと思いました。


家族のように思っているホイアンの常宿。スタッフさんたちが自分のお弁当をおすそ分けしてくれ、一緒にランチ。


屋久島では、そこにいると、自然とありたい自分であれる



その場所がなぜ屋久島かというと、HUB&LABOのメンバーとお話する中で、その方自身や屋久島の人たちの営みが素晴らしいと思ったからです。

僕は屋久島は自然の場所だと思っていましたが、自然も素晴らしいことに加えて、人が素晴らしいということが、とっても素敵だと思ったんです。


ーー なぜ人の素晴らしさに惹かれるのですか?


自然の中にいくと、自然体の自分に返れるからだと思います。屋久島の人たちは自然体で生きている。それがすごく羨ましいと思いましたし、そういう人たちと触れ合い続けたい。自分もそういう所にいられたら、自分もそうあれると思いました。


屋久島では自然に生きている人に出会います。といっても、、田舎臭いわけではない。かといって最先端のことをやっているわけでもない。けれど、新しさというか、人として僕がそうなりたいなと思っているものが屋久島の人にはある気がしています。優しさや自分に素直であること、そして急いでいないところ。人としてそういう風に進化したいと、屋久島の人や自然に触れると思います。


僕は人材育成をしてきて、研修という形で届けて来ました。でも自己啓発意欲が高い人が自分でお金を払ってプログラムに参加するので、届けられる先が限定的です。

もっと身近な生活の中で、僕たちの日常の中に存在しているものの中で、気づきが生まれたり、自然とそうなっているみたいなことがいいなという考え方を持っています。


そういうことを少しずつやろうと思っていたところにも、この東京屋久島計画が重なりました。


HUB&LABO まるちゃん(丸山悟)。ガイドブックではわからない屋久島と、僕たちをつないでくれる。


ときどき暮らす、1.5拠点生活がちょうどいい


ーー 移住は考えないのですか?


僕は屋久島以外にも、東京にも住みたいと思っています。僕にはそういう「役割」があると思っています。


そこに「連れて行く人」がいた方がいいし、僕がこうやって活動をしているのは、東京に住んでいる感覚があるからです。東京は、悩みや人としての課題を抱きやすい環境です。だからこそ、そこで自分が抱えたものがあって、学んでいくことが、次の学びのプログラムのテーマになっていく。屋久島に住んでしまうとその感覚をだんだん忘れていくと思います。


そうなると、東京と屋久島をつないでいくための翻訳ができないし、僕が届けるものも社会にフィットしなくなっていくと思うんです。だから東京で暮らすという修行みたいな環境も必要なんです。


ずっと同じ場所にいないで違う場所に行った方が新しいインサイトが生まれる気がしています。ずっと同じ場所、同じ環境だけだと、僕は耐えられなくなって、何かが生まれなくなってきます。


ーー 移住を勧めるのではなくて、1.5拠点なのですね。


移住するとなると経済的に成り立たせるものがないと難しい人も多い。2拠点も、住居を2つ持ち、頻繁に行き来するとお金がかかります。多拠点だと、その場所との関係性が深まらないし、自分の居場所だと思いにくい。

1.5拠点は、自分の場所として思いながら、シェアできる場所をひとつ持ち、ときどきやってくる。これなら、東京での仕事をしながら実現できます。1.5拠点生活をしながら、仕事をつくり、2拠点にしたり、移住することもできます。


ーー コミュニティをつくっていきながら、そこに1.5拠点で関わるというのは、どんなイメージですか?


特定のひとりが常に面倒をみるのではなく、行けるときに行ってやる感じです。いま「ヴィレッジ構想」として宿を建てる計画をしていますが、建物をつくって「わーいできた!終わり!」ではなく、できてからもみんなでつくりつづけていく場所にしたいと思っています。


その土地の手入れをしたり、地元の人がもっと入って来れるようするにはどうしたらいいか、東京からあまり人が来なくなったときそれをどうしていくのかなどをみんなで考えるのかもしれません。あらゆる運営を一緒に考えていくということができたらいいなと思います。


ヴィレッジ構想の初期コンセプトイメージ(Designed by Shunta Fujiki, Peak Studio)


自分のいいと思うものを共有し、ともにつくる



ーー 東京屋久島計画をやりたいという気持ちはどこから生まれてくるものですか?


なんでしょうね…。「これいいなー」と自然な感じで思えています。社会を変えなければという感じでもなく、「これだなー」と。「いま動いていることは間違っていなくて、合っている気がする」そんな感じなんです。


僕の人生の中で感じている寂しさをいままではあまり自覚していませんでしたが、この1~2年、その孤独感のようなものを自分の中で認められています。どんどんその自覚が深まっていて、そんな自分にとって、この場所がつくられていくのはとてもいいなと思うんですよね。自分が本当にあったらいいなと思える場所をつくりたいです。


同じようにそういう場所がほしいと思っている人たちがいて、それを楽しいと思ってやりたい人たちがいます。このプロジェクトに対して、なんと言うか…確信があります。確信というより、疑わないものがあります。


ーー どんな人に来てほしいですか?